不満を表現すること
日曜日, 1月 18th, 2009難しい。
はてぶでとある夫婦の離婚劇がとても盛り上がっていた。
その夫婦は共働きで子供がいて、家事分担をしようということになっている。
だけど、奥さん曰くきちんとやってくれていないという理由で別れたいと述べ
たらしい。でも、旦那のやっていることを見るとまぁ仕事はやりたい放題(3日
は必ず徹夜、会社に泊まり込みらしい)だが、その割には休日はよく働いている
と言える、家事をやらないとは到底言えない内容だった。
で、それに対する意見が様々飛び交っていて、本当の奥さんの気持ちというのを
要約する内容がちらほらでてきた。
ほんとのところ「家事をやらない」じゃなくて「あなたは仕事を好き放題やって
いて・・・(略)、私は残業しないでさっさと帰って子供の迎えに行ってという
ことをこなしているのに・・・(略)」といった内容。
多分そんな感じだろう、と私も読んで思ったし、この指摘にさすがだと関心
してしまった。
結局奥さんが本当に表現したかった不満というのは肉体的な疲労(家事分担)では
なくて精神的疲労(子供のことを常に考えている自分と、会社にいったらそれ
っきりの旦那)を言いたかったんだと思う。
育児、介護、等肉体的疲労も勿論だけど、精神的な疲労がとてつもないものだと
思う。
4年近く闘病をして、あわせて半年間家で毎日母親と向き合ってきた私としては
子供はいないが少しはわかるような気がする。
母親が亡くなったときに悲しみよりも安心というかそういう不思議な気持ちが
生まれたのも恐らく「精神的な疲労」というのが関係しているんだと思う。
私のような事例は「期間限定」というか、終わりがあるものだけれども、「育児」
に関してはゴールは無いというか、子供がたとえ成人しても子供は子供。
はじめて一人暮らしを始めたり、就職したりと未開の地に足を踏み入れるときは
やっぱり心配でしょうがないんじゃないかと思う。
便りがないのは元気な証拠なんて思える日がやってくるのは、恐らく子供が結婚
したらじゃないだろうか。
と、考えるとこういった日々積み重なる負担ってすごい量になるわけだ。
「不満を表現する」というのは結構難しいと思っていて、肉体的なものは
例え表現することが下手だったとしても見ていてわかる(疲れているとか、
痩せたとか・・・)場合があるかもしれないが、精神的なものの場合は、
見ていてわからないことが多いから、表現することが下手な場合は、相手に
伝わらずどんどん精神的に病んでいって良くない結果を生むことが出てくる
と思うのですよ。
人によって笑いのつぼが違うのと同じように負担のつぼっていうのも違うから、
日々の生活、会話でお互いどういう部分が弱いかというのをわかりあう努力を
しないといかんと思うのだ。
私も最近は言わなくなったが、同じような不満をよく口にしていたことがあった。
「手伝おうかの一言が無い。」
家事そのものが嫌なんじゃなくて、相手への配慮というか気にかけているというこ
とが感じられないことからでた一言だ。
今はこうやって自分が不満に感じていた部分を言葉にできているが、これを良く
言っていた頃は「手伝おうかといっても、いやいいよ、と言われるからいわない。」
というのがりりそさんの意見でそれはそれで正しいのだ。
確かにいわれれば「いやいいよ。」と私は言う。
自分のやりたいように進めるのが好きだし、やってもらっているのにあそこは
あ〜してとか口うるさいことを言いたくないのでだったら自分でやるのが良い
と考えているのだ。
私がこうやって自分が不満に思っている点がわかったのもこういったやりとりが
あって、自分でもおかしなこといってるなオイ、とか考え直して出てきた結果で
やっぱり日々のコミュニケーションが重要なんだということがわかった。
だから、この例に挙げた夫婦さんも「こんなに家事をやっているのに何故やって
いないといわれるのかわからない」ことを奥さんに伝え、奥さんが言っている
内容が本当は違うのではないかということを疑い、奥さんにもう一度考えて
もらうべきだったんだと思うのだ。
不満を言うって言うことはその点が解消されたら良いんだよということであって
相手に関心がある証拠だと思うんですよ。
だから、不満を言われた、わかんね、諦める、じゃなくて、わからなかったら
とことん突き詰めるというか、誤解無く理解し合えるところまで話し合うべき
だと思うな。